キューバの野球事情 ~野球道具が手に入らない~

キューバの野球事情
SNSを通じてキューバの野球選手と少し繋がるようになって改めて驚いたのはキューバには本当にモノが無いということだ。
筆者が見る限り2018年の時点でも選手達は満足に野球道具を入手できていなかった。
キューバは今なお社会主義体制を維持しており、国民の平均月収はおよそ1,500円~3,000円ほどと言われている。
キューバ国内のトップリーグ Serie Nacional de Béisbol (セリエ ナシオナル デ ベイスボル)~日本でいうところのNPBの1軍に相当するリーグ~でプレーする選手も大差ないらしい。
*所説あってイマイチ正確なところはわからないが…
筆者は2018年8月に念願叶ってキューバで野球観戦をすることができた。
その際、渡航前に何人かの選手に旅程を伝えるとバットやバッティンググローブ、ベルトなどを持って来て欲しいと頼まれた。
彼らは社会主義という国の体制上、プロではなくアマチュアということになってはいるが、野球を職業としている以上プロ野球選手だ。
そのプロ野球選手に野球道具をお土産にねだられるとは思いもよらなかった…。
日本ではプロ野球選手といえば若くして一般庶民にくらべはるかに高い年俸を手にし、高級車に乗っているというイメージがある。
使用する野球道具も当然プロ仕様の高級品だ。
筆者はごく一般の庶民でありプロ野球選手の使用に耐えるようなレベルの野球道具などおいそれとは持参できない。
その旨をキューバの野球事情に詳しい知人に訊ねると、たとえ中古だろうと一般の草野球選手が使用するような既製品だろうとキューバの選手達は喜んでくれるという…。
キューバに渡航する前にこれは大きなカルチャーショックだった。
しかしこれがキューバの野球事情の現実だ。
国際試合のキューバ代表チームの中継を見ていると、NPB所属の選手(ソフトバンクホークスのデスパイネ、グラシアル、モイネロや中日ドラゴンズのR・マルティネスなど)とキューバ国内のみでプレーしている選手の野球道具には画面を通して見ても歴然とした差がある。
日本では筆者のような草野球レベルでさえ各ポジションごとにグローブも分けて売られているのが当たり前になっている。
しかしキューバの選手を見ていると、投手が内野手用や外野手用のグローブを使用しているのも珍しくない。
野球道具が手に入らない
ハバナのある選手からグローブが傷んで困っているというメッセージが届いた。
なんとか協力したいが硬式野球用のグローブとなると店頭の既製品でも20,000円はくだらない。
筆者のこずかいで、ハイどうぞ、というには高額過ぎる…。
どこかで手に入らないものか…。
ある時ファームの試合で見かけた関西の某球団の名物広報に、友人でキューバの選手がグローブがなくて困っているのでなんとかならないかと持ち掛けてみたが…。
「キューバは野球では先進国やしなぁ。どうしてもと言うならもっと上、NPBを動かさんとアカンわ。」とまったく相手にされない…。
突然球場でファンの1人に選手の中古グローブを譲って欲しいと言われても無理はないが…。
あれこれ探してもなかなか適当なモノを見つけられない…。
そうこうしているうちに困っている選手から”こういうのでいいんだ”と軟式野球用と思われるグローブの通販ショップのスクリーンショットが送られてきた。
硬式野球用のグローブと軟式野球用のグローブでは革の厚みや質がまるで違う。
筆者の拙いスペイン語で硬式野球と軟式野球の違いを説明したのだが、自分はピッチャーなので革が薄くても問題はないと言い張る…。
軟式野球用なら安価なモノもあるが果たして使用に耐え得るだろうか…。
この際、急場しのぎの繋ぎにでもなってくれればと思い筆者が草野球で使用している軟式野球用のグローブを送る事にした。
筆者は野球道具の中でも特にグローブにはこだわりがあり、軟式野球用のなかでは最もグレードが高いモノを使用している。
つまり革の質が良くシッカリしている。
自慢ではなく野球以外に趣味がなくグローブにお金をつぎ込んだだけ…。

見る人が見ればわかるとおりかなり以前にオーダーメイドしたモノだが、手入れを欠かさず革の状態もよかったのでレースの部分だけ硬式野球用に付け替えた。
レースの交換に6,000円掛かったが、新品の安価な既製品よりは使えると判断した。
荷物の状況を追跡出来るEMS(国際スピード郵便)でハバナまで送料が約4,000円弱。
結局なんだかんだでおよそ10,000円の出費(笑)。
日本から発送して11日目にハバナに届いた。
数日後、試合の中継に映った彼の左手には間違いなく筆者が送ったグローブがはめられていた。
親指部分には筆者の名前の刺繍が入ったまま…。
グローブだけがキューバ国内のトップリーグである
Serie Nacional de Béisbol (セリエ ナシオナル デ ベイスボル)でデビューした(笑)。
このグローブについては後日譚があるのだが、それはまた別の機会に書きたいと思う。→(キューバの選手との友情)
プレーオフを争う大事な試合の終盤に登板しているピッチャーのグローブが日本の草野球選手のお古…。
信じられないような話だがこれが2018年~2019年のキューバの野球事情…。
現実なのだ…。

これは別の選手から送られてきたスパイクシューズの画像
さすがにスパイクシューズの中古は持っていなかったのでどうすることも出来なかったのだが、選手本人が自力でなんとか手に入れたようだ。
翌月に40ドルの支払いがあると言っていたが、もしかすると彼の月収を越えているのではないだろうか…。
このような状況から多くの選手が海外でのプレーを希望している。
キューバ野球連盟は日本だけでなく、メキシコやパナマ、コロンビアなど中南米、その他イタリアや北米の独立リーグなどに選手を派遣している。
しかし実際に正式な手続きを経てキューバ国外のチームと契約できる選手はほんの一握りだ。
一野球ファンにすぎない筆者も「日本の球団と契約できないか」との問い合わせを何度か受けたことがあるくらいだ。
2018年12月にはキューバ野球連盟とメジャーリーグの間で亡命することなくキューバの選手がメジャーリーグでプレーできる協定が結ばれたと発表された。
しかしその協定も2019年4月になってトランプ政権によって無効にされてしまった。
今後も亡命のリスクを冒してメジャーリーグを目指す選手が後を絶たないのだろうか。
中には悪徳なエージェントに騙されて、亡命したもののどこの国のチームとも契約できずにいる選手もいると聞くが…。
主力選手の相次ぐ亡命により現在のキューバ国内リーグは全盛期を過ぎたベテラン選手と経験の浅い若手選手が殆どだと言われている。
現状、国外に亡命した選手はキューバ代表に名を連ねることはできない。
それでもWBSCの野球世界ランキングでキューバは日本、アメリカ、韓国、台湾に次ぐ5位にランクされている。
2019年秋にはWBSCプレミア12、2020年8月には東京オリンピックがある。
特にオリンピックの野球競技といえばキューバの印象が強い。
アマチュア最強の”赤い軍団”の復活はもう見られないのだろうか…。